大学生とキャリアカウンセラーの「往復書簡」(2006年度版)
大学生「メグロ」の悩みにキャリアカウンセラー「ななパパ」が答えます。

大学4年生メグロさんの送信です

転勤って・・・


私は、現在大学4年生で、先日就職活動を終えました。

それは、目指していた企業から内々定をいただく事が出来たからなのですが、
その内々定をいただいた企業では全国転勤有りの「総合職」ということで、採用される予定です。 
私は、生まれてから高校を卒業するときまでずっと同じ土地で育ち、
転校などは経験したことはありませんでした。

大学進学の際に、現在住んでいる新潟に引っ越してきましたが、
以前から姉が新潟に住んでいたことや新潟は実家からそれほど遠くなかったこともあり、
引っ越すときはそれほど不安を感じることはありませんでした。

しかし、来年からは、
「誰も知り合いのいない、実家から遠い土地」に勤務する可能性も十分にありえます。
それが、今の私にとって不安で仕方がありません。


また、これは完全に私の先入観によるものですが、
私は西日本(特に関西)で暮らしていく自信がありません。
なんとなく、なじむことが出来ないのではないかというイメージが・・・。

その考えがあったため、就職面接の時に
「希望する勤務地はありますか?」と面接官の方に質問されたときに、
「東日本であればどこでも・・・」と答え、面接官の方に不思議そうな顔をされたことがあります。

そこで、転勤を数回経験していらっしゃるななパパさんに伺いたいと思います。

誰も知り合いのいない土地で暮らし始めることは、不安ではありませんでしたか?

また、その土地によって「雰囲気」というのは異なるのではないかと思いますが、
その雰囲気になじむために どのようなことをされましたか?

ぜひ、ななパパさんのご意見をお聞きしたいと思います。

ななパパさんからの返信です

Re:転勤って・・・


先にメグロさん、内々定おめでとうございます。
でも、実のところ内々定はもらったけれども、来年4月の入社に向けて、
大きな期待と同時に多少の不安もでてきたってところでしょうか。

メグロさんは、
 入社してからの「誰も知り合いのいない、実家から遠い土地」に勤務するかもしれないことに
不安を感じている・・・。

ということですよね。きっと、そうだと思います。

知らない土地に行くことや未知の世界のことにチャレンジする時は誰でも多少の不安を覚えることでしょう。
参考になるかどうかわかりませんが、私のこれまでの経験を少しお話ししたいと思います。

転勤だらけのななパパ少年


私は子供の時から父の仕事の関係で、転居、転校をたくさん経験してきました。

生まれは岡山市なのですが、それを皮切りに、
倉敷市(岡山県)、高知市、徳山市(現山口県周南市)、防府市(山口県)、世田谷区、目黒区、杉並区、
世田谷区、調布市(東京都)、ここまでが大学を卒業するまでの引っ越し先です。

うわぁー、ホントに多いですよね!
自分ながらびっくりしました。

転校先として小学校3校、中学校3校に通いました。
子供心に友達ができても別れなければならない辛い思いをしたことを思い出します。

高校2年生のときに、親の転勤があり、また転校?

私にとっては一大事、実はその時だけは親に反抗して、東京に一人で残る道を選択しました。
その後、少しだけグレかかった?時期もあり、親にはすごく心配をかけたと思います。

また、一時的にホームシックになったこともありましたが、
今思い起こすと、その時の経験が自分の中で大きな財産になっているのではないかと思います。

転任だらけのななパパ青年


さて、その私がどうして、就職先も転勤があるところを選んでしまったのでしょうか。

大学卒業して最初の就職先は全国転勤のある仕事を選びました。
私が就職するときの志望動機というか、自分の中で優先順位の高い価値観としては、
 「一生多くの時間を費やして働くからには、絶対にやりがいが大きく、
かつ人と関わることができる仕事がしたい」

という思いがありました。

東京の大学を卒業したので、できれば近くの勤務地がいいという漠然とした思いはありましたが、
勤務地は私の中で大きな要素ではありませんでした。

それまでの経験でどこに行ったとしても「住めば都」といった気持ちが強かったのでしょう。

最初の勤務地は、静岡県の沼津・・・
お魚はおいしいし、海が近くて山も富士山がいつも見える。
富士山って見るときによって表情が変わるのを知っていますか。その素晴らしい景色はかなり感動的です。

その次は、長崎県佐世保・・・
九十九島や平戸といった観光地、長崎チャンポン、皿うどん・・
なんだか思い出に浸ってきました。

その後、引っ越した先は長崎県諫早市、東京都国分寺市、埼玉県熊谷市、埼玉県浦和市(現さいたま市)、
そして、この新潟です。

結果、全国各地たくさんいろいろなところに行きましたし、すばらしい方達との多くの出会いがありました。
そして、今の自分があるのだと思います。

転々してみて気づいた事


「メグロさん、心配しなくても大丈夫。どこに行っても『住めば都』。
お金がかからずにただで全国各地、旅行できるんだよ。

観光地や地域のイベントはもちろん、普段の旅行では行けないところにも行けるし、
地元でしか食べられないおいしいものも食べることができるし・・・、
こんなにすばらしいことはない。」

って思っています。

一つだけ遠くに転居してショックだったのは、大学時代にお付き合いをしていた彼女との別れがあったこと。

でも、当時と今は環境が全く違うと思います。
当時は遠距離であれば電話代も高かったし、安売りチケットなどもなかった。。。

今は違いますよね。
お互いの顔を見ながら通信する手段もある・・、通信料金も割引プランがある・・。
ましてや、インターネットという便利な代物がある・・。

もちろん、不安がなかったかと言われれば、最初は誰にでも不安はある
私にも当然あった。
でも、それよりも期待のほうがもっと大きかった。

行く前に、その土地の雰囲気になじむためにしたことは、
その土地の歴史に関する本ガイドブック地図を購入して、必ず下調べをしました。
そのおかげで、ずいぶんその土地への関心が深まったり、なんとなくその土地を理解することができました。

メグロさんの恐れている?関西も、きっと「住めば都」になると思いますよ。
実は、私の両親は全国各地を転勤で廻った後、関西が一番住みやすいと言って、
今は兵庫県に住んでいます。

もちろん、人それぞれかもしれませんが、何事もポジティブに考えることが一番ではないかと思います。
私の経験が少しでもこれからのメグロさんの参考になれば幸いです。


以上が私の体験談ですが、メグロさんはどうしてその会社に入社しようと決めたのですか。
もしかしたら人生観になるのかもしれませんが、差し支えなければ、
その決めた理由などをお聞かせいただけませんか。

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